前時代的な学校の子どもへの評価基準

私は小学生の頃、どうしても鉄棒の逆上がりが出来なかったのです。ある時、担任の先生に言われました。「君は、努力が足りないからできないんだ。できる人は、みんな努力しているよ。」

それから私は、懸命に放課後、鉄棒にいき、ひたすら逆上がりの練習に励みました。

あるとき、上手に逆上がりができる友だちに聞きました。「逆上がりできるようになるまでどれ位、努力したの?」

友だちの答え 「逆上がりは、努力なんかしなくても最初からできてたよ。」

私は、気がつきました。

運動会でかけっこの速い子どもは、練習したから速いのではなく、先天的な能力により速いのだということを。

 

例えば、算数の小テスト(100点満点)を、5人の子どもA B C D Eが、受けたとします。

Aは、100点で勉強時間0時間、前回のテストも100点、Bは、90点で勉強時間30時間、前回のテスト80点、Cは、80点で、勉強時間50時間、前回のテスト40点、Dは、60点で勉強時間50時間、前回のテスト20点、Eは、50点で、勉強時間50時間、前回のテストは、80点とします。

 

学校の評価は、点数の高い順です。Aがお手本になり一番努力した人になります。

私は、CとDを高く評価して、点数が前回より上がるような努力をしたプロセスを評価します。Aは、本人の潜在的能力とテスト問題がマッチしていないので、本人が、興味を持てるまで、個別に高い課題を出します。

Eは、努力していたにもかかわらず、点数が下がった理由を本人と一緒に考えます。

Bは、連続して高得点を得られた日頃の努力を評価します。

 

このように、単に点数が、絶対的な評価対象ではなくて、個々の生徒の結果に至るプロセスに注目して、学力向上につながる評価をしていきます。

 

学校は、生徒一人ひとりが、どんなに多様化しても画一的な授業をベースとする限り、プロセスではなくて、得点のみが評価対象になるのは前時代的とは言え、やむを得ないかもしれません。

 

完全個人指導塾 OEC    下垣 明

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